注目のフラッグシップモデル『ATH-IEX1』について開発者にお話を伺いました。


 

 

皆さんこんにちは。

イヤホン・ヘッドホン専門店『e☆イヤホン』のだいせんせいです。

 

皆さんは、先日発表されたオーディオテクニカの新製品はもうご存知でしょうか?

 

【新製品レビューあり!】#オーディオテクニカ 新製品発表会に行ってきた!

 

オーディオテクニカのイヤホン史上最高峰のプロダクトとして登場した『ATH-IEX1』や、フレイムメイプルを用いた伝統のウッドハウジングモデル『ATH-WP900』など、注目している方も多いことと思います。

 

 

 

 

そこで今回はなんと、オーディオテクニカ本社にて新製品についてのインタビューをさせていただけることに!

 

左から小澤さん、國分さん、坪根さん

 

『ATH-IEX1』開発者の小澤博道さん、

『ATH-WP900』開発者の坪根広大さん、

そして両製品の企画に携わった國分裕昭さんの3名にお話を伺いました。

 

今回は前編として、『ATH-IEX1』開発者インタビューをご覧ください!

 

 

 


 

本日はよろしくお願いいたします。

まずはインタビューにさしあたって、お二方から自己紹介をいただいてもよろしいでしょうか。

 

 

 

製品企画を担当しております、國分と申します。

 

 

『ATH-IEX1』の主な開発を担当しました、小澤と申します。

 

 

ありがとうございます。

 

それでは、「どのようなきっかけでこの製品が開発されたのか」というところから、お話をお伺いしていきたいと思います。

 

 

機構・材質的にも、『ATH-CKR100』や『ATH-CK2000Ti』のようなモデルの系譜を汲みつつも、全く新しいものとして出てきたように感じました。そんな本製品の開発経緯について教えてください。

 

 

ハイブリッド型に限った話ではありませんが、「マルチドライバーシステムの構造を使って、弊社独自のことはできないか」ということはずっと考えていました。

 

その走りが「デュアルフェーズ・プッシュプルドライバー」という、2014年に発売した『ATH-CKR10』に搭載された技術です。

 

『ATH-CKR10(2014年)』に搭載されたデュアルフェーズ・プッシュプルドライバー

 

その流れを経て、世の中にまだ無いようなドライバー構成でお客様に楽しんでもらえるものはないか、というものを探していく継続的な流れの一環で、それが今回はハイブリッド型だった、という形です。

 

 

他社からハイブリッド型のモデルが色々と出てくる中で、弊社の企画や技術部内でも「ハイブリッド型を開発をしないのか」という声はありましたが、正直なところ、あまり興味が無かったんです。というのも、ダイナミックとBAというそれぞれのユニットは、やはり1対1にならないといけないと思っていました。

 

今までの技術だとどうしてもダイナミックのほうが少し弱くなってしまうという問題があったのですが、今回は『デュアルフェーズプッシュプルドライバー』を中心としたハイブリッド型の技術を確立できたので、「このタイミングであれば発売してもいいかもしれない」というところが開発のスタートでした。

 

 

なるほど。考えてみれば、オーテクさんが『ハイブリッド型』というものを作るのはそもそも初めてなんですね。

 

 

そうなんです。ちょっと今更感もありますけど(笑)。

 

 

いえいえいえ、とんでもない!(笑)

 

となると、やはりオーテクさんとして納得のいく完成度にたどり着いたがゆえ、ということですよね。

 

 

そういうことです。

 

 

それでは、そんなハイブリッド型ドライバーについてお話をお伺いしていきます!

 

 

 

世界初、DD&パッシブラジエーター+BAのハイブリッド型ドライバー構造

まずは、ドライバーユニットを2基組み合わせた『デュアルフェーズ・プッシュプルドライバー』について。

 

 

 

名称だけでいうと過去機種から引き続いての搭載ではありますが、今回はかなり変更が加えられていますよね。

 

 

今までは2基のダイナミックドライバーが向かい合わせに並んでいて、それぞれが押し引きする、文字通りプッシュプルの構造でした。

 

今回は低音を出したかったので、ドライバーの片方をパッシブラジエーター(※)にしているんです。

 

 

ダイナミックドライバーとパッシブラジエーターの間の空気層が動くことによってプッシュプルの構造になるので、そこをうまく利用したというところですね。

 

(※パッシブラジエーター:空気振動によって作動する、電磁気回路を持たないスピーカーユニット)

 

 

今までのデュアルフェーズ・プッシュプルドライバーだと、ドライバーの片方を逆相にすることで押し引きするような形でしたよね。

 

正直、今回搭載されたデュアルフェーズ・プッシュプルドライバーに関しては「似て非なるもの」なのではないかと思っておりましたが、実際のところ、意外なほど過去機種と同じような効果が得られているんですね。

 

 

通常はフルレンジのドライバーユニットとして考えますので、高域特性を落とすことができず、あまり思い切った手を打てなかったんです。

 

しかし今回は高域にBAを積んでいますから、考え方としてあまり高域を意識しなくていいわけです。

 

 

ということは、今回のデュアルフェーズ・プッシュプルドライバーはフルレンジではないのでしょうか?

 

 

構造的にはフルレンジです。その上で、足りない高域をBAで補っているような形になります。

 

 

ハイブリッド型であるぶん、ある程度振り切った構造やチューニングが実現できたわけですね。

 

パッシブラジエーターの振動板についてもお伺いしたいのですが、真ん中に穴が空いているように見えることがSNSなどでも話題になっていました。パッシブラジエーターの構造としては、空気振動させる振動板には穴が無いというのが一般的かと思います。

 

 

穴は振動板ではなくドライバー背面のヨークに開けられています。最近だと「パッシブラジエーター」という言い方をしますけど、昔のスピーカーでは「ドロンコーン」と呼んでいて、基本的にはこのドロンコーンの時代の考え方にかなり近いですね。

 

あくまで空気の流れに対する重りのような使い方をしているので、こういった形でもしっかりと機能します。

 

 

なるほど……。むしろ適切なサイズの穴を空けることで、重りとして最適な動きをさせるための調整になる、ということでしょうか。

 

そして今回はハイブリッド型ということで、デュアルフェーズ・プッシュプルドライバーと同軸になる形でBAが2基積まれていますね。

 

 

 

昔……20年くらい前に、同軸のスピーカーがよく作られていた時代がありました。最近はそういうのがだんだんと無くなってきつつありますが……。基本的には音源が同軸上にあったほうが良いのは間違いないので、同軸の製品をどうしても作りたかったんです。

 

それと、他社さんだと結構色々な所にBAが配置されている構造が多いので、弊社としては逆に「その裏をかきたい」という思いもありました。

 

直列にすることによって、なるべくコンパクトに収まるというメリットもあります。ユニットキャップの導管のところにツイーター用のBAが入っていて、全高で10mmくらいに収まっています。

 

 

高域は特性として障害物を回り込まない……直進性が強いので、一番鼓膜に近いところに置いたほうが良い、という考え方があります。

 

 

BAの後ろに9.8mmのダイナミックドライバーが置かれていて、さらに後ろのパッシブラジエーターが主に低域を拡張する。低域は比較的音が回り込んでくれるので、後ろからでも十分に耳に届けてくれるわけです。

 

 

高域を一番手前に据えて、フルレンジを経て低域が一番奥にある。そう言われると、ものすごく理にかなった構造ですね。

 

 

 

 

BAを2基にした理由としては、ダイナミック側が強くなりすぎてしまったからです。インピーダンスを下げたいということもあり、デュアルのほうが構造的にも意味があると。

 

 

ダイナミックを1基置くのに対して、パッシブラジエーターを載せたプッシュプルの構造のほうが、やはりパワー感も出るのでしょうか。

 

 

そうですね。低域を中心に被ってくるので。

 

そういうわけで、他社さんのような帯域を分ける考え方とは異なり、どちらかというとマルチWAYのスピーカーに近い発想だと思います。スペック上は謳っていないんですが、ネットワークも積んでいません。両方の音を出しっぱなしで使っています。

 

 

純粋なアコースティックのチューニングのみで成り立っているということなんですね。

 

 

そういうことです。電気的にはいっさい切ってないですね。

 

 

そして、ノズル部分にBAを差し込んでいるということは、チューブレス構造でもありますよね。あくまでアナログな調整で成り立っているというのは、非常に面白い構造です。

 

 

 

こだわりの筐体素材

もうひとつ気になるところとしては、スタビライザーに真鍮をチョイスされていますよね。こちらの選択意図はどのようなものでしょうか?

 

 

比重と、快削性ですね。ユニットとの間から空気が漏れるとまずいので、寸法の精度が非常に重要になってきます。

 

通常は間にパッキンなどを入れるんですけど、そうするとサイズが大きくなるので。あくまでもそのまま組みたいということを考えると、真鍮という素材は非常に条件にマッチしているんです。

 

 

ダイナミックドライバーとパッシブラジエーターに対して、ジャストに噛み合わせることができるわけですね。音響的なメリットもあるのでしょうか?

 

 

制振性が高いのは大きなメリットですね。ダイナミックドライバー、パッシブラジエーターともに結構パワーが出るので、そこを吸収するためにも真鍮は理想的な素材となっています。

 

 

ありがとうございます。

 

 

素材の話でいうと、筐体はフルチタニウムボディということで。こちらも非常に手間がかかっていそうな感じがしますね。

 

 

チタンの加工の主な選択肢としては、MIM(金属粉末射出成型)、切削、鍛造 という3種類の製造方法があります。

 

1個目のMIMというのは、樹脂の中に金属の粉末を練り込むので、性質としては陶磁器に似ています。時計みたいな平らな物なら良いのですが、ハウジングのような形状には向かず、断念しました。

 

フル切削だと……1台のハウジングを作るのに、1日8時間、9時間かけて切削機械を専有するような形になってしまいます。……お金が沢山あるなら、やってもいいんですけど(笑)。

 

 

そのため今回は、鍛造で8割くらいの形を作ってしまって、そこから切削するという形に落ち着きました。

 

鍛造工程は塊の状態から、8工程から10工程くらいかけて叩いていきます。それを磨いて、切削してまた磨いて、蒸着して、シリアル番号などをレーザーで刻印……という流れで作っていくので、全行程としては30日から40日くらいはかかっていますね。

 

 

フルチタニウムボディを選択した時点で、どうしても手間がかかってしまうんですね……。

 

 

一番苦労したのは磨きの部分でした。磨きが甘いと、蒸着をしたときにわかってしまうんです。他の工程も少しでも手を抜くと、最後の工程でそれがわかってしまうので。

 

 

普通は、鍛造のあとに切削って、あまりやらない工程なんです。

 

 

通常は熱を入れて叩くと、硬くなってしまって刃が入りませんから。そこは独自のノウハウがありまして、どうにか切削をしています(笑)。

 

 

 

特徴的なハウジング・デザイン

今回は耳かけタイプのイヤホンになっていますよね。オーテクさんのイヤホンでいうと、これ自体が久しぶりな感じがします。

 

 

『ATH-CK2000Ti』のようなストレートタイプではなく、IEMライクな形状にした理由はあるのでしょうか?

 

 

最近の市場における支持が高いことと、音響的にタッチノイズを圧倒的に軽減できるというメリットもあり、今回のような機種に関しては耳かけタイプがいいのかな、という考えはありました。

 

 

なるほど。

 

一般的なIEM型のイヤホンと比べても、独特の形状も気になります。

 

 

パッケージにも大々的に映し出されている通り、ちょっと特徴的な形をしていますよね。

 

 

今回依頼したデザイナーが、以前に車のクレイモデル(設計時に粘土で作る原寸大模型)を手掛けていた方で。3Dソフトで形を作っていくというよりは、「粘土の中から形を作ってくれ」というようなオーダーをしました。

 

 

ということは、文字通り塊の中から探っていくようなイメージで制作されたというわけですね。

 

 

おっしゃる通りです。

 

ですから、切削量も極力減らしています。必要なところだけミニマムで削って、余計なところはすべて、あえて塊で残すという考え方です。

 

 

あとは、ケーブルも新しい作りになっていますよね。

 

 

今までもイヤーハンガータイプのものはありましたが、それらはすべて耳かけ部分にワイヤーが入ったものを採用していました。

 

 

今回はワイヤーを取り払って、自重で耳にかかってくれるようなケーブルを採用しています。

 

 

線材自体はどのようなものを使われているのでしょうか?

 

 

高純度OFCのケーブルをスターカッド構造で採用して、極力インピーダンスを下げる構造にしています。

 

あまり電気抵抗などを入れた調整をしたくなかったんです。あくまでアコースティックに……という選択をした結果、こういった形になりました。

 

 

このイヤホン、インピーダンスが5Ωですものね……! この価格帯のイヤホンとしてはなかなか聞かない低さです。

 

 

あとはA2DCの外装部分だったりとか、細かいところまでチタンが使われていますよね。こういう細かなところも、やはり素材ひとつで変わってくるのでしょうか。

 

 

それはもちろん音質的な部分もありますが、企画部からの要望で……(笑)。

 

 

私がお願いしました(笑)。

 

さっきも申し上げましたが、塊感を出したかったので。ボディがチタンなら、プラグもチタンだろうと。

 

 

確かに、急にケーブル側の端子が樹脂とかになってしまうと、印象的に途切れる感じがあるかもしれませんね。こちらの一体感を出すのもまた手間がかかりそうですが、その仕上がりの良さは見事です……!

 

 

そして、今回も『ATH-CK2000Ti』などに引き続いて4.4mmプラグのバランスケーブルが付属していますね。

 

 

購入されるユーザーの想定として、やはりハイエンドの音楽プレイヤーを使われる方が多いと思いますので。

 

そうなると、バランス接続は必須だろうという考えで付属しております。

 

 

他社製のケーブルが限られる中、メーカーさんが率先してバリエーションを作ってくれるのは嬉しいポイントですね。しかも付属するなら尚更!

 

 

 

終わりに

ちなみに、最後にお伺いしたいんですけど。

 

この『ATH-IEX1』という型番は、どのように付けられたのでしょうか。

 

 

すごくシンプルなのですが、『IE』は、弊社の英語の製品名「In-Ear headphone」の頭文字から取っています。

 

そして『X』というのは、実は『X世代』なんです。『ADX』など、最近のモデルにはXを付けているので。『IEX』の1番ということで、『IEX1』。

 

 

なるほどっ……!! そう言われるとなんだか、一気にオーテクっぽい感じがしてきました。『ADX5000』とかの『X』と同じというわけですね……! 感動です。ありがとうございます(笑)。

 

それでは最後に、この記事をご覧の方へメッセージをお願いします!

 

 

今できる限りの中では、「ちょっとこれ以上のものは難しいかな」と思えるものができました。

 

 

もしお手にとっていただける機会があるなら、ぜひ聴いていただけると嬉しいです。

 

 

小澤の高いアナログ技術力によって、面白い製品ができました。この「アナログ技術力」というところに、この製品の特徴は集約されていると思います。

 

 

フィルターを使わない構造や、微妙なユニットの配置を調整している最中のサンプルなども聴いてきたので、こう見えてかなり、アナログ技術の極致にある製品です。そういった辺りの特徴もふまえて、他社さんとの音の違いをお楽しみいただけたら幸いです。

 

 

ありがとうございました!

 

 

 


 

小澤さん、國分さん、ありがとうございました。

 

 

 

 

今回のインタビューでご紹介した『ATH-IEX1』は、10月11日発売予定です。

 

 

e☆イヤホン各店舗にてご予約も承っておりますので、ご来店の際にはぜひチェックしてみてくださいね!

 

 

 

また、本インタビューの後編では、フレイムメイプルを用いたウッドハウジングのヘッドホン『ATH-WP900』についてお話を伺います。

 

こちらはeイヤPRスタッフのはまちゃんがインタビューを担当。公開をお楽しみに!

 

 

 

 

お相手はだいせんせいことクドウでした。それではまた次回。


 

※記事中の商品価格・情報は掲載当時の物です。

 

 

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