ソニーが生んだ新作IEM『IER-M7/M9』開発者の御三方にお話を伺いました。
だいせんせいです。
皆さん、先月発売された『IER-M7』『IER-M9』はもうお聴きになりましたか?
ソニーのステージ用IEMというと、『MDR-EX800ST』ぶり。
プロ仕様にこだわった本格的なステージモニター用モデルというのは今回が初となります。
プロのPAエンジニアやアーティストの協力も経て開発された本機種は素晴らしい完成度を誇り、ユーザーからの評判も非常に高くなっております。
かくいう僕も、『M9』を発売日に買ってしまったほど……。
IER-M9買ったので顎肉を寄せました!!! pic.twitter.com/DD2kPJ9OjU
— だいせんせい(e☆イヤホンPR) (@eear_daisensei) 2018年10月4日
今回の記事では、そんな新たなる傑作に携わった3名の開発者の方々にお話を伺いました!
ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社 V&S事業部 企画ブランディング部門
増山 翔平さん
ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社 V&S事業部 商品設計部門
勝山 慎之介さん
ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社 V&S事業部 商品設計部門 アコースティックエンジニア
飛世 速光さん
本日は、発売から高い評価を集めているIER-M7/M9についてお話を伺えればと思います。
まずは今回の2製品を、どのような経緯で開発したのかお伺いしてもよろしいでしょうか?
主な理由としては2つあります。
ソニーとして市場の調査を重ねていって、プロのアーティストの中でステージ用のIEMを利用することが一般的になったこと、そしてやはりプレミアムな市場というのが、日本やアジア等で盛り上がっているというのは把握していました。
その中でステージ用のIEM(イン・イヤー・モニター)がオーディオ好きの方々から一定の評価を受けているという背景を踏まえ、企画チームとしても何かしらの商品を投入する余地があると思っていました。
もう1つは、技術の進化というところです。
年々積み重ねて音響技術の研究・開発を続けてきて、今ならソニーがステージ用IEMとして作りたい音を作れるんじゃないか、というタイミングが来たんですね。
その2つがちょうど重なって、今回こういった製品を開発させて頂いた、という経緯になります。
同じステージ用IEMといえば、2010年発売のMDR-EX800STという機種がありましたよね。
MDR-EX800STは、あくまでもスタジオモニタリングの音をリファレンスにして、スタジオモニタリングの音で作ったステージモニター、という経緯がありました。
当時はもちろん、ソニーが出せる最高のステージ用IEMという形で出しているんですけども。
時代の流れの中でステージモニターのユースシーンも凄く広がってますし、転がし(フロアモニター)がメインだった時代からIEMをメインに使う時代になっていると思います。
そういった背景の中で、ステージ用IEMとしてもっと最適な音質や装着感を探究出来るのではないか、というところから、ゼロベースでのフルモデルチェンジをさせて頂きました。
『装着感』というお話でいくと、今までソニーのイヤホンってやや特殊なフォルムをしていたというか、あまり他のメーカーさんには無いようなアプローチが沢山あったと思います。
今回の両機種はパッと見ると、比較的ベーシックなIEMらしい形といいますか。
こういう形に行き着いた、デザイン的ないきさつのようなものはあるのでしょうか。
ステージ用IEMとして使うにあたり、一般的な形状と異なっていると、「これ、遮音性大丈夫なの?」といった心理的な不安があるのではないかと考えました。
そこで、着けている人にも見ている人にも、耳をしっかり塞いでシーリングするような印象を与えられるようなデザインをキーポイントとしました。
細かい形状に関しては、勝山の方から。
ソニーの過去のモデルというと、耳からちょっと出っ張ってくるような形でしたよね。
ただ今回はステージ用IEMということで、なるべく平らというか、耳介の中にしっかり収まるように形状を組み立てています。
加えて、装着性を良くしようという動きと合わせて、この形に落ち着いたということになります。
ざっくり言うと、「アーティストさんの耳から、めちゃめちゃイヤホンが出っ張ってたら気になるよね」ってことですよね。
そういうことです(笑)。
新規開発の小型BAドライバー
近年のソニーのハイエンドモデルで共通していたハイブリッド型の構成と異なり、今回の機種はどちらもBA型ドライバー(以下、BA)のみで構成されていますよね。
そうなんです。
ではせっかくなので、その搭載されているBAの話から。
IER-M7には4基のBAが入っていて、それぞれツイーター、フルレンジ(×2)、ウーファーとなっています。
IER-M9では、それらにスーパーツイーターを足した5基のBAが入っています。
これらのBAのうち、ウーファー用、フルレンジ用、スーパーツイーター用のBAをこのモデルのために新しく開発しています。
自分たちでBAを独自開発するというところも、こだわりのひとつですね。
その『4BA』『5BA』というのも、キーワードのひとつだと思います。
今までのソニーさんのイヤホンって、たくさんBAを積んだモデルはあまり多くない印象で。
『XBA-4』や『XBA-40』で4基積んでたくらいじゃないでしょうか。
今までのモデルでは、4基まででしたね。
そこに関しては、BAを作る技術力が上がってきたということと、小型化により沢山積めるようになったというところが大きいです。
「今なら5基以上積んでも、良い音に出来るんじゃないか」というところで色々検討した結果、ベストは5基だったと。
6基以上もやってみたんですけど、少なくとも現段階では必要性を感じませんでした。
数を載せればいい、というものではないと。
今回は4BA4Way、5BA5Wayと、1つの帯域に1つのBAを乗せています。
自社でBA作っていますので、それぞれの帯域に合わせて最適なBAというのを開発出来るんですね。
しかし、 6基、7基と増やしていくと、それだけ帯域の分割数も増えていくので。
そういった点も踏まえて、音響設計の検討の結果から、今回は4基と5基という数字に決まったわけです。
出来合いのBAありきでチューニングを作るんじゃなくて、全部一から作っているからこそ可能、っていうことですよね。
そうですね。
「こういう音にしたいから、こういうBAを作る」という段階から開発出来るのが強みです。
先程『小型化』というワードがありましたが、昔のモデルと比べても、BAって小さくなっているんですか?
かなり小さくなっていますね。
例えば今回積んでいるBAだと、以前の『XBA-300』に載せていたBAから約30%ほど小さくなっています。
ただ小さくしただけではなく、形状や磁気回路など、諸々を工夫しておりまして。小型かつ高感度なドライバーが作れるようになってきたという背景があります。
では、そのままBAのお話をさせて頂きますね。
BAに小さく穴が空いているんですけど、この穴の大きさでも音を調整しています。
このようなツイーター用のBAだと穴が見えますが、ウーファー用のBAだと数十ミクロンというサイズの穴になっているので……。
……見えない、ですね(笑)。
ツイーター用のBAやウーファー用のBAの違いというのは、ここの穴のサイズだけですか?
いえ、細かいチューニングもそれぞれ変更して、最適化しています。
物凄い細かいところまで、こだわって作られているんですね……。
しかもこれ、IER-M9が5基構成、IER-M7が4基構成じゃないですか。
でも、IER-M9のBAをひょいっと1個外すだけで、IER-M7の音になることは無いですよね。
ならないですね……(笑)。
ひょっとして、IER-M9とIER-M7でも、BAを別個にチューニングしているんですか……?
ユニット自体は同じものなんですが、筐体内の音響的な調整を変えています。
ネットワーク回路であったりとか、インナーハウジングであったりとか。
インナーハウジング。
こういったインナーハウジングにBAが組み込まれて、フロントハウジング(筐体の耳側の部分)に音が出ていくんです。
これを我々は『オプティマイズドサウンドパス』と呼んでいます。
(僕が名前を覚えられなかったやつだ……)
それをよく見て頂けると、穴の大きさが全部違うんですよ。
え?
……ん? え? どういうことですか?
そこのBAを入れる穴も、入れるところの大きさが全然違うんですよ。
1個1個のBAに合わせて、最適な穴形状を作っています。
わあ……。
じゃあ、BAを開発する段階で1個1個調整して、さらに挿し込んでからも調整をして……って、やってるってことですよね。
そうですね。
合計すると、物凄いパターンの数を(笑)。
と、とんでもないな……。
IEMといえば、BAドライバーからチューブが伸びているイメージというのが一般的にあると思うんですけど、
このインナーハウジングにBAを挿し込んで、直にノズルに音を流すというメリットはあるのでしょうか?
音響的なデメリットでいうと、チューブを使うと高音が減衰してしまうんです。
その点、形状の自由度が高くなったりするメリットはあるんですけども……。
我々としては、ツイーターの音をダイレクトに、ナチュラルにそのまま出したいという思想がありまして。このような構造を取っています。
無数のパターンから最適なものを見つけ出すためのシミュレーションであったり、音を調整する技術の積み重ねをソニーは持っていますので。
だからこそチューブを使わずに音を調整出来る、というところでしょうね。
マグネシウムと真鍮
今回の両機種、特にIER-M9ですが、要となる素材がマグネシウムだと思います。
以前MDR-Z1Rの開発者インタビューをさせて頂いた際にも、初のマグネシウムドームの振動板の実用化に成功したというお話を伺ったりして、技術的にも扱いが難しい印象があります。
マグネシウムという素材を随所に搭載した経緯というのは、どういったものだったのでしょうか?
音に関するところだと、マグネシウムは軽量で剛性が高いので、ナチュラルな高域の再生に有利というところがあります。
かつ、内部損失といったパラメータが高くて、金属自体の固有の音が乗りにくい。
金属を使ったことによる味付けが乗りにくいので、チューニングして、思い通りの音を出しやすいんです。
なるほど。
味付けのないモニター再生には適したものだと思います。
リスニングモデルなどであれば、素材の味が良い方に音に乗ることもあるんですけど。
それでいえば、IER-M7は筐体が樹脂で出来ていますよね。
内部反響をそのまま使ったようなチューニングだと、筐体素材による音色の違いは出てこないのでしょうか?
IER-M7のハウジングには確かに樹脂を採用しておりますが、先程ご紹介したインナーハウジングにマグネシウムを使っていますし、インナーハウジングから出た音はフロントハウジングを殆ど介さず、真鍮の音導管に直接入っていきます。
そのため、音自体の流れとしては、マグネシウムから真鍮へ、という動きになるんですね。
真鍮を採用しているのはXBA-300などと同様に、音導管を広げて高域に有利な音にしていきたい、という理由で採用しています。
じゃあ、音導管がマグネシウムか真鍮か、みたいな違いになっているということですね。
では逆に、真鍮でも十分なチューニングが出来るのであれば、IER-M9の音導管にまでマグネシウムを使った理由というのはあるのでしょうか?
やはり軽さと、強度ですね。マグネシウムは実用金属で一番軽いという特徴があります。
ステージユースを考えて設計するからには、あらゆる使われ方を想定する必要がありますから。
たとえば、バッと放り投げられるかもしれませんし、凄く雑な扱い方をされるかもしれない。
そんな中でも十分な強度を持ってほしいというのがあったので。
筐体内の色々なところにマグネシウムが使われているんですけども、実はそれぞれが違う目的だったりもするんです。
音響的に有利だから使っているところもあれば、強度と軽さを求めて使っているところもあると。
そうですよね、そういうところも含めて『業務用』なんですね。
「めっちゃ音が良いけど脆い」みたいなことがあったらダメですもんね……。
新たな形状を採用した付属ケーブル
そういうお話でいうと、このケーブルの端子部分も、業務用的な耐久性を意識して作られているのでしょうか。
大きく埋め込まれたコネクタが特徴的ですよね。
イヤホン側の受けの部分で、3mmくらい沈み込む形になっています。
これはやはり、ケーブルが斜めに抜かれることもあるだろうと。
その時に接続部が埋め込みでカバーされていることで、端子を保護してくれる役割があります。
あとは、別売りケーブルへの対応ですね。
MUC-M12SB1など、リケーブルが出来るように設計してあります。
一通り互換性があるということですね。
また、イヤーハンガーに関しても色々と新しいことをやらせて頂いています。
今まではケーブルの中に形状記憶の樹脂を入れて、自分でカーブを作ることが出来ました。しかし今回は、元々フォーミングされています。
やはりステージユースを考えた時に、すぐに着けられるというのがベストだろうと。
急いでステージに立つ時や、IEMを落としてしまった時に、素早く着けられるというのが重要というわけです。
あとは着けて頂くとわかるかと思いますが、スッと収まりの良い、やわらかなフォルムを実現出来たのかなと思います。
確かに、めちゃめちゃ着けやすいです。
僕も歩きながらとか、駅のホームでいそいそと取り出して装着することがあるんですが、凄くスムーズに着けられるので助かっています(笑)。
ケーブルそのもののお話でいうと、IER-M7とIER-M9で外観が異なりますよね。
ケーブルに関しては、IER-M9のみシルクを巻いています。
このシルク編組を採用した理由はなんですか?
ステージIEMというと、やはり動き回りながら使うので。ケーブルが擦れたり、身体に当たったりすると、どうしてもタッチノイズが鳴ってしまう。
そのため、第一にタッチノイズの低減が課題としてありました。
色々な素材を検討していく中で、タッチノイズ対策としての適正がある素材がシルクでした。
また、それなりの価格がする商品なので、見た目の部分も大切ですので、デザイナーにも素材検討の段階から入って貰い、IER-M9の本体にマッチしたケーブルの色を出せるようにしています。機能性とデザイン性の両方で選択しています。
ケーブルの線材自体には、どういう工夫がされていますか?
線材は銀コートOFC線ですね。
どちらも共通の線を使っていて、そのケーブルに合わせた音のチューニングをしています。
細かい違いでいうと、IER-M9のプラグには、非磁性でノイズが乗りにくいメッキを下地として使っていまして。
よりクリアな透き通るような音が出るような仕様になっています。
そう言われると、色が若干違いますね……!
わかって頂けると嬉しいですね(笑)。
ところで、そもそもの話なんですけど、製品に4.4mmプラグのケーブルが付属してるって凄いことですよね。
しかも業務用ベースで考えたら、あんまり使われないケーブルではないでしょうか?
実はそれは、非常に迷ったポイントでした。
IER-M9、IER-M7ともに現時点でのソニーなりのステージモニタリングに対する答えといえるような音を達成出来ていると思います。
そうやってソニーが導き出したステージモニターの音というのを、出来るだけ多くの方に使って頂きたい、楽しんで頂きたいという思いがありました。
最初に開発の経緯で申し上げたように、市場においてオーディオファイルの方々がステージ用IEMを使っているのをわかっていたので。
そういった方々にIER-M7やIER-M9を使って頂く時に、やはりソニーとしてはNW-ZX300やNW-WM1A、NW-WM1Zと組み合わせて頂きたい。
その時にバランス接続でも聴いて頂ければと思い、今回は初めから同梱するという選択を取りました。
確かに今回の両機種、実際にうちのお客様からも非常に評判が良いです。
マニアックなユーザーからすると、バランス接続用ケーブルが同梱されているのも本当にありがたいポイントだと思います。
豊富すぎるイヤーピース
続いて、アクセサリの話もお伺いしたいと思います。
まず、イヤーピースの量とサイズが、凄まじいなと思うところでして(笑)。
2種類13サイズが揃っているわけですけども。
これだけ入っているのって、過去のイヤホンでもそうそう無いんじゃないでしょうか。
そうですね……。
並ぶとすれば、MDR-EX1000くらいですかね。
当時としては、非常に豊富なイヤーピースを同梱していました。
当時のイヤーピースといえば、『ハイブリッドイヤーピース』と『ノイズアイソレーションイヤーピース』ですよね。
そうです。
MDR-EX1000には、ハイブリッドイヤーピースを7サイズ、ノイズアイソレーションイヤーピースを3サイズ同梱していました。
やはりイヤホンの装着感と遮音性というのは、ユニバーサルモデルにおいてはイヤーピースの影響が非常に大きいので。
今回においても、ソニーが持っているイヤーピースを全部入れましょう、というところからスタートしました。
しかし、ソニーの現行のモデルである『トリプルコンフォートイヤーピース』を並べてみますと、ハイブリッドイヤーピースが7サイズと充実しているのに対して、こちらはS・M・Lの3サイズしかない。
そこで「お客様に合わせた細かいサイズを用意しなくても良いのだろうか」という疑問がありましたので、設計担当に相談をしまして。
結果として、今回同梱しているトリプルコンフォートイヤーピースのSS・MS・MLが新規開発のサイズとなっています。
新規開発……!
製品としてでなく、イヤホンに付属させるためだけに、ですか!
元々のコンセプトのひとつに遮音性があったので。イヤーピースが合わないと、遮音性が落ちちゃうんですよね。
やはりそれは良くないという話になり、「作れますか」と言われて。「……やりましょう」と(笑)。
それは、その……。ステキなお話ですね(笑)。
でもこれ、背の高さとか、シルエットも若干違いますよね。
高さとか横の広がりというのが結構複雑に、マトリクスになってるんですよ。
単純にその、拡大縮小ツール的な作り方ではなく。
1サイズ1サイズが全く違う形状ということですよね。
我々は耳型を沢山持っているので。
そういったデータから、この横幅をこのくらい変えれば、もしくは高さをどのくらい変えれば、より多くのお客様にフィットするイヤーピースが作れるか……というところを、設計のところで計算出来ますから。
そのように開発をしていきました。
同梱品としてのみのサイズというのが惜しい……。
こだわりが詰まったハードケース&ケーブルホルダー
僕がこの製品で一番好きなのが、実はハードケースなんです。
おお……。
そこに目をつけて頂けるとは。
ありがとうございます(笑)。
これは、ほんっとうに素晴らしいな、と思っていて。
特にこのケーブルホルダー。コレは天才的な発明ではないかと、本当に思っているんです!(笑)
特にこのマグネットの……。
……いや、この辺は皆さんに語ってもらいましょうか。僕が熱くなってもしょうがないので(一同笑)。
実はハードケースもケーブルホルダーも、イヤホン本体と同じくらいこだわって議論を重ねました。
今回はこういった、マグネットで開く四角いケースにさせて頂いたんですけど。
これ以外の形状も含めて、従来のソニーのケースの形状、例えばファスナーで留めるものだったりとか。
色々と議論や検討を重ねて、最終的にこの形状に行き着いています。
ケースとケーブルホルダーを分離させた理由というのは?
このケーブルホルダーも、「ケースって、人によって全然使い方が違うよね」というところからスタートしています。
「高いイヤホンだから、ケーブルをきれいに巻いて、ハウジングもぶつからないように左右別々に固定したい」というお客様もいらっしゃれば、「ケースの中にそのまま入れるだけでいいです」という方、もしくは「ケーブルをまとめるだけでカバンの中にそのまま入れちゃいます」だとか。色んなお客様がいると思うんですよね。
そんなそれぞれの使い方にフィット出来るように、磁石でくっついて取り外し出来るようにして。使い方に合わせて使えるケースというものを、企画からは要望させて頂きました。
もっともっと小さなこだわりも、沢山詰まっていて。
例えばこれって、フタが開いても倒れないんですよ!
あー……!!
これもフタの角度であったり、諸々こだわってると!(笑)
角度をもの凄く計算して、倒れないようにしています。
もう1つ新しい製品を作るくらい燃えましたね(笑)。
フタのところでいうと、カバンの中とかで勝手に開いたりすることが全然無いんですけど、その一方でそんなにマグネットが強いわけでもなくて。
この絶妙なマグネット感も、物凄いコダワリが感じられました。強すぎず弱すぎず、みたいな。
そのマグネットの強さも、非常にシビアに調整しました。
これがマグネットでなくファスナーだと、いちいち開けるのがイヤだよね、という意見があって。
というのも、人が音楽を聴きたい時って、本当にすぐに聴きたいと思うんですよ。
そこでケースから取り出す時に時間がかかってしまうと、結局そのケースが使われなくなってしまうので。
使う時になるべくストレスを感じさせないような、細かいユーザビリティの部分は大切にしましょうという感じで、ひとつひとつ作っています。
このケーブルホルダーも、それくらいこだわって作られているな、と感じました(笑)。
ケーブルを留めた上で、すぽっと引っ張るだけで抜けるのが凄いな、って思ったんです。
一般的なケーブルクリップって、巻いて、剥がして、っていうワンセットの動きが必ずあると思うんですけど。
このケーブルホルダーは、使う時にただ引き抜くだけでいい。なんなら、絶妙な取手も付いているし(一同笑)。
ケースの真ん中のところにもマグネットでくっついて、これまたそんなに強くないんですけど、逆さまにしても落ちない絶妙な強さで。
もちろん最初はボタンで留めるだとか、そういうアイデアもありました。
でも、毎回ボタンを着脱するのって、やっぱり面倒じゃないですか。
金属の部品があると、ケーブルや本体を入れる時に傷がついてしまったりする可能性もありますし。
なので、なるべくシリコンの素材だけにして、使いたいときはすぐ外せる、しまう時もパッと入れられる。
そういった条件で検討した結果、ケーブルホルダーをマグネットで留めるという形式にまとめました。
ここ、僕が一番好きなポイントだったので、お話を聴けてよかったです(笑)。
そう言って頂けて何よりです。かなり大変だったので(笑)。
機能性に優れたパッケージ
あと、パッケージも凄いですよね。高級感があって。
開けた時のワクワク感といいますか。
製品を買ったところから、お客様の製品に対する体験というのは、始まっていますので。
箱を受け取って、「開封の儀」ですよね。
そうです(笑)。
特徴としては、全てのパーツを一覧で見えるようにしています。
装着性と遮音性をベストな状態で使いたいと考えた時に、イヤーピースを色んなサイズからひとつずつ選んで使わなければいけません。
ケーブルも、モニターとして使う方は3.5mm、バランスで聴きたい方は4.4mmのものを選ぶという動作が必要になります。
そこでパーツを一覧で見られることで、中箱などから取り出す必要無く、組み立てられると。
通常はソニーのイヤホンって、組立てた状態、つまり箱から出してすぐに聴ける状態で出荷されているんですけども。
今回は別にして、それぞれのお客様にあった状態で使ってもらいたいということで、部品も全部バラバラで収納されています。
そういったところへのこだわりもあって、このパッケージを用意しました。
各パーツへのアクセスの良さということですよね。
どれでもパッと取って、パッと使えると。考えられているなあ……。
ソニーならではの、ステージ用IEMの”強み”
業務用のIEMというのは、冒頭でオーディオファイルの方々に支持されていると仰っていたように、国内外の様々なメーカーが開発していますよね。
そんな中で、ソニーならではのステージ用IEMの”強み”というものはあるのでしょうか。
音に関して言えば、現場の声を本当に細かく聴きながら作らせて頂いた、というのが一番大きいと思います。
最終的に出来上がった製品に対しても良い評価を頂けましたし、ソニーとして自信を持って勧められる音に仕上がりました。
特に今回の両機種は、グルーヴ感というのがひとつのキーワードでした。
アーティストやPAエンジニアの方からコメントを頂く中で、演奏の時のノリというか、グルーヴが感じられることが凄く大事だという話になりました。
元々はしっかりリズムが取れるように、楽器のアタック感をしっかり出していこうという方針でした。
音が膨らみすぎて良くないんじゃないかというところで、最初は低音をあまり出してなかったんです。
しかし話をしていくうちに、そういったグルーヴ感を出すためには、低域をある程度出していくことが必要だということに気付いたんです。
そういったコメントを頂いて、音の調整をして……というのを繰り返していくうちに、グルーヴ感、ノリの良さというものを出せるようになってきました。
やはり「楽しく演奏したい」というのが、根幹としてありますから。
モニターらしい音になりすぎてしまうと、今度は演奏していてノリが感じにくくなってしまいます。
楽しく演奏出来るようなノリのいい音、でもモニターとして使える音という、結構難しいリクエストではありました(笑)。
ただ、そういったリクエストを実現出来たことで、ソニーの味といいますか。ソニーのモニターの音が完成したのかな、と思います。
このバランスの良さは、リスニングでも使えるというお声を頂いたりすることもありますね。
それは「結果的にリスニングとしても楽しい音になった」というだけで、
コンシューマー向けにも売るからといって「普通の人が聴いても楽しいような味付けにするか」というような意図は、全く無いんですよね?
あくまで100%業務用として開発した上で、一般の人が聴いても楽しめるような音になった、というところで。
そういうことです。
ステージ用IEMにソニーが本格的に参入する最初の商品として、「これなら自信を持って出せる」という音を作りましょう、というのがスタートでしたから。
高価格な製品ですから、「リスニングにも使えたほうがいいんじゃないか」という声ももちろん上がってきました。
しかし、「これはプロが納得する音を出すステージ用IEMだ」という、その軸だけは絶対にぶれないようにしようというのは、企画も設計も関係部署も、全員で共通の志として取り組んでいきました。
そのおかげもあって、最終的にこの音が実現出来たんだと思います。
こだわりすぎて……。苦労したポイント
本当に色んな要素が詰まったM7、M9だと思うんですけども。
皆さんがそれぞれ、一番苦労したポイントというのはどこでしょうか?
両機種どちらにも言えることなんですけど、「各BAに役割を持たせて組み合わせる」というところですね。
組み合わせて最適なバランスにするために調整するパラメータがかなり沢山あるので、ひとつひとつ地道に最適なものを見つけていくっていう、この作業は本当に大変でしたね。
来る日も来る日も、夜遅くまで、細かい部品をいじっていじって……っていう、繰り返しでしたから(笑)。
そのおかげで、「どのパラメータを変えてもこれより良くならない」っていうほど納得がいった、自信のある音に仕上がりました。
普通であれば「この組み合わせとこの組み合わせは(予想される音の傾向が)似てるから大丈夫かな」っていうところも、全部試してくれるんですよ。
本当に、全パターン試してやるくらいの気概で。
「そんな変わんないんじゃない?」っていうやつも、一通り試してみたということですか……。
もしそれをやらずにいて、「もっと良くなるはずだったのに」というのがあったらイヤだったので。
良くなる可能性があることは全部やろう、と思ってやりました。
チューニングだと、音響設計と筐体デザインの兼ね合いみたいな部分もあったのではないでしょうか。
「インナーハウジングとツイーターの組み合わせがコンマ5mmズレると高音がちゃんと出ない」って、夜に乗り込まれた時があって(笑)。
そこで僕も調整して、っていうことはやってましたね。
このインナーハウジングは、勝山さんと飛世さんのどちらが担当されていたのでしょうか?
どっちも、ですかね。
「こういう形状にしてほしい」という要望を出されて、とりあえず作って、渡して、「高音がちゃんと出ない」って言われて(一同笑)。
もう変えられないよ、なんて言いながら、ひたすら調整を繰り返していました。
だから完成するまでに、数十個単位のインナーハウジング(のサンプル)が出来上がったと思います。
根性ですね……(笑)。
そんな勝山さんの苦労したポイントはなんですか?
僕が個人的に大変だったものを挙げるとしたら……素材、ですかね。
例えばIER-M9だと、ハウジングがマグネシウムで、天板の部分はカーボンになっていますよね。
いわゆるカーボン調のデザインですね。
これ、リアルカーボンなんですよ(笑)。
え。
……あ、これ、模様でなく! 本物のカーボン!
「カーボン調」のものも試してみたんですけど、比べてみると、やはり深みが違うんですよね。
「カーボン調でもいけるかな?」と思ったけど、やっぱり並べてみると駄目だったと。
そういうことです(笑)。
しかもこれ、一般に出回ってるカーボンだと、イヤホンの天板という小さい部分に収めるのに、目が大きすぎてただの四角にしか見えなくて。
どうしようかと思って調べていたら、本当に特注レベルなんですけど、目の細かいカーボンを作ってくれるところが国内にあって。そこに依頼しています。
依頼して作ってもらっていると……!
それは確かに、上位機種にしか載せられないですね。
あと、筐体のマグネシウムも大変でしたね。
これも日本のメーカーさんにお願いしているものなんですけど、「軽いうえに高級感があるように」というのは、なかなか難しいところでした。
カメラの外装のように業務用らしい雰囲気を残しながら、コンシューマーの方々にもお手に取って頂ける色合い、形状というのを狙ったので。その選定から苦労しました。
増山さんはいかがでしょうか。
やはり今回はフルモデルチェンジということで、本当にゼロからステージIEMを初めて開発します、というような形で始まったので。過去のモデルで前例が無いんですね。
価格帯としてもそうですし、ステージ用のIEMとしても前例がない中で、設計担当と話をして細かい仕様を決めていったり、デザイナーと話をして形状を決めていったり。
全く新しいモデルなので、様々なアイデアや意見が出てきます。
「ここはもっとこうしたほうがいいんじゃないか」とか「それは違うんじゃないか」とか。
そういった中で、本当にこのモデルの為になるポイント、絶対にブレては行けない軸はどこだろうっていうのを、常に考えながら進めていくっていうのは、大変なところでした。
おわりに
では最後に、ユーザーの皆さんに向けてメッセージをお願いします!
僕は音響担当なので、もちろん音には自信があります。ステージ用IEMとして突き詰めた音。
聴きどころは、先程も言ったようにグルーヴ感ですかね。音楽の全体のノリを表現するというところは凄く考えて作ったものなので、このイヤホンでしか楽しめないグルーヴ感があると思っています。
ぜひ、そういったところを楽しんでもらえたら嬉しいです。
まずはお手に取って、着けてみてほしいなと思っています。
軽さに驚くと思いますし、一見するとちょっと大きいんですけども、付けると本体やケーブルがスッと装着出来る感じ。
それを体感してみて、もし気に入ったら、そのまま音楽を再生していただければと思いますので。
まずはぜひ、手にしてみて下さい。
ソニー初の本格的なステージ用IEMということで、ソニーが持っている技術や出来ることを全て詰め込んだ、自信を持って世に出せる製品になっています。
実際に楽器を演奏するようなアーティストさんから、オーディオファイルの皆さんまで、幅広い方に手に取って頂きたいと思っております。
今のソニーが出せるベストなステージ用IEMをお楽しみ下さい。
ありがとうございました!
以上、SONY『IER-M7』『IER-M9』の開発者インタビューでした。
ソニーが満を持してステージ用IEMに本格参入する、その意味と意志を感じて頂けたのではないでしょうか。
これらの機種はe☆イヤホン各店にて好評発売中です。
この記事を読んで気になった方はぜひ、チェックしてみてくださいね!
お相手はだいせんせいことクドウでした。それではまた次回。
【取材協力】
ソニーマーケティング株式会社
※記事中の商品価格・情報は掲載当時の物です。