ソニー渾身のフラッグシップ・イヤホン『IER-Z1R』についてお話を伺いました。
皆さんこんにちは。
イヤホン・ヘッドホン専門店『e☆イヤホン』のだいせんせいです。
皆さん、先日発表された『IER-Z1R』はご存知でしょうか。
日本のトップブランド・ソニーがコスト度外視で本当に良い物を作るという、理外のフラッグシップシリーズ・Signature Series。
ソニーが持つ全ての技術を投入して作られる珠玉の製品群は、多くのユーザーの羨望の的となっています。
そんな同シリーズに初めて名を連ねたインイヤーモデル――――イヤホンこそが、『IER-Z1R』なのです。
価格にして20万円を超えるという、ソニーのイヤホンの歴史の中でも最も高額な製品として登場した『IER-Z1R』。
今回の記事では、そんなマイルストーン的傑作に携わった開発者のお二人にお話を伺いました!
本日はよろしくお願いします。
まずは今回お話をお伺いする『IER-Z1R』について、お二方がどのように携わったかをお伺いしてもよろしいでしょうか。
桑原と申します。
『IER-Z1R』全体の開発リーダーであり、音の設計も担当しています。
機構設計担当の島村です。
筐体そのものや内部の構造を含め、ハウジング周りを中心に部品の設計を担当しました。
ありがとうございます。
今回の『IER-Z1R』は、価格として20万円超(!)という、ソニーの歴史の中でも超弩級の製品であると思います。
同じ型番を冠する製品といえば、ヘッドホンの『MDR-Z1R』がありますよね。
こちらはSignature Seriesという、ソニーのフラッグシップの音響機器として発売しているシリーズのひとつです。
このシリーズは「究極のパーソナルな音楽体験を提供する」という商品群でして、
どの製品も、ソニーの持つ技術を全て投入して、最高の製品を作るというコンセプトで開発しています。
イヤホン……我々は『インイヤーヘッドホン』と呼んでおりますが、
同シリーズとしてはこの製品が初めてのインイヤーヘッドホンで、2016年に『MDR-Z1R』が出てから2年半が経っているのですが、
基本的にこれらの技術分野というのは、同じところがあれば違うところもあり、それぞれがソニーの歴史で蓄積されてきたところでもあります。
つまり、同時に発売するようなことは特に目標とせず、「最高のものが完成した」という自負が持てたタイミングで発売するようにしています。
そのタイミングが、ヘッドホンは2016年頃、イヤホンは2019年頃だったということですね。
今回の『IER-Z1R』の開発にはどれくらいの期間がかけられたのでしょうか。
これに関しては、普通の製品と同じように比べられないんですよね(笑)。
ある意味、ソニーのインイヤーヘッドホンの歴史を全て投入していると言っても過言ではありませんから。
なるほど。
例えば、何十年も前から研究してきた素材の成果が生きているとか、そういうことですよね。
そうですね。ノウハウの蓄積という部分もあります。
具体的に「この製品を開発しよう」という話が上がったのは、ここ数年程かもしれません。
ただ「蓄積」という意味では、少し大げさかもしれませんが、本当にソニーの歴史そのものを載せているような製品でもあります。
取材にあたって製品概要をペラリと見てきましたが、確かに数え切れないほどのトピックが詰まっているように感じました。
今回はそれらをひとつずつご解説頂ければと思います。
こだわり抜かれたハウジングデザイン
では、外装から見ていきましょう。
ハウジングの形状とデザイン、どちらをとっても非常に特徴的ですよね。
筐体には『ジルコニウム合金』という素材を使用しています。我々としても初めて扱う素材です。
特徴として表面硬度が高く、かつ錆や腐食に強い。アレルギーなども起こしにくいというポイントがあります。
耳に直接触れる素材としてはうってつけですね。
やはりSignature Seriesの製品ということもあり、お客様に長く使っていただける製品を、というコンセプトもあります。
安心して耳に着けられて、長期間使えるというところを加味して、今回はこちらの素材を選びました。
アレルギーなどを考慮すると、普段はメッキや塗装などを考えなくてはいけないのですが、
今回はジルコニウム合金を選択したおかげで、そういったことも必要無くなるという利点があります。
そのため、素材そのものの良さを生かし、光沢のあるデザインに仕上がっています。
材料を生かすということで、形状自体も『塊』を意識したデザインになっています。
面を張るのではなく、塊を刃物で一周まわしてザクッと切ったような感じです。
確かにこう、『ブツ切り感』のような印象がありますね。
その一方で細部に着目すると、要所要所は非常に滑らかに仕上げられています。
当然、装着性も大事なので耳に入っても違和感のない形状になっています。
パッと見た時、普段から『IER-M9』を使っているので、「ちょっと大きいな」と感じたんです。
しかし耳に入れてみると、不思議とすんなり、収まりが良くて(笑)。
音を最優先に作っているので、そのためにドライバーを3つも積んでいますから。
だから……お世辞にも小さいとは言えないですよね(笑)。重さもそこそこあるとは思っています。
ただ、それらが問題にならないような、耳に沿うような曲線形状。
そしてケーブルの耳掛け部のハンガーによって、重さが気にならないくらいしっかりと支えられるような工夫が色々と入っているので、
着けてみると「あれ、意外と大丈夫だな?」と感じられる方は多いかと思います。
全くその通りで、本当に凄いと思います。
筐体といえば、やはりこのフェイスプレートのデザインも目を惹かれますよね。
イヤホンだとあまり見たことがないような加工が施されていますが、こちらはどういったコンセプトでデザインされたものなのでしょうか。
こちらは『ペルラージュ加工』と言われるものです。
一般的には高級時計のムーブメントや、古いヨーロッパの車だとアルミのインパネなどにも使われているような、平面に施す加飾としては伝統的なものになります。
今回のような円形のフェイスプレートだと、ヘアラインを入れてしまうと、方向性が出てしまうんですね。
それに対してペルラージュ加工は回転形状ということもあり、そういった印象を受けません。
製品自体の緻密さ、細部へのこだわりというコンセプトを表現するのにも適しており、こちらの加工を選びました。
ありがとうございます。
続いて、先程も桑原さんから少しお話がありましたが、3つものドライバーユニットを搭載した内部構造についてのお話も伺っていきたいと思います。
これまた、不思議な構成をされていますよね(笑)。
不思議で、派手ですね(笑)。
先程も言った通り、今回は片側にドライバーユニットを3つ積んでいるモデルとなっています。
我々はこのドライバー構成を新たな『HDハイブリッドドライバーシステム』と呼んでいます。
一言で言えば『ハイブリッド型』と呼ばれる、異種のドライバーを組み合わせる構成ですね。
我々は自社設計・自社製造でダイナミック型ドライバーとBA型ドライバー、どちらも造っていますので。
これら2つを組み合わせたものを、『ハイブリッド型』と呼んでいます。
そして今回は、『ダイナミック型×2、BA型×1』。という、やや異色の構成になっております。
いわゆる『2DD+1BA』ですね。
珍しい構成ですが、これだけならまあ、無いということもありません。
それぞれの帯域としては、まず12mm径のダイナミック型ドライバーが、超低音域から中高音域まで。
いわゆるフルレンジに近い、音楽を聴いた時に音楽だとわかるような、凄く大事な帯域ですね。
続いてBA型ドライバー。こちらが高音域を担当しています。
12mmダイナミック型ドライバーの”ほぼフルレンジ”に対して、さらに高い部分。
被っている部分もありますが、基本的にはそういう形になります。
ここまでだと、2016年に発売した『XBA-N1』や『XBA-N3』と、構成としては同じです。
低音域から中高音域まではダイナミック型ドライバー、その上に高音域のBA型ドライバー。
ただ、今回の機種ではさらにもう1つ。
『超高音域』に、5mmのダイナミック型ドライバーユニットを追加しました。
これが、全く新しいところですよね。
先程申し上げたように『2DD+1BA』という構成は、海外のIEMメーカーなどを探せば、無くは無い。
しかし、セオリーでいえば、ダイナミック型ドライバーは低い帯域に振るというのが定石となっています。
メーカーによっては中音域などに置くところもありますが、いわゆるスーパートゥイーター的な部分に、ダイナミック型ドライバーを持ってきたということですよね?
そういうことです(笑)。
これはなかなか、聞いたことがありません。
……まあ、ソニーさんは『聞いたことがあるかないか』で製品を開発する会社ではないことはわかっているのですが(笑)。
こちらの構成はどのような経緯で生み出されたものなのでしょうか?
まず、ハイブリッド型という構成のメリットは、「それぞれのドライバーユニットの良さを使える」というものです。
ダイナミック型ドライバーは振幅が取れるので、力強い低音から豊かな中音域を担当するのに適しています。
一方でBA型ドライバーは、振動板が金属で出来ています。そのため、微細な振動、立ち上がりの早い音が得意なんです。
繊細な高音域を鳴らすのに適していると。
その通りです。
しかし今回、超高音域にBA型ドライバーではなく、ダイナミック型ドライバーを使っています。
「なんでBAじゃないんだ」って疑問が浮かぶ方もいらっしゃるかと思いますが、実はダイナミック型ドライバーの方が理に適っているという、技術的な原理がございます。
原理……ですか?
BA型ドライバーというのは、高い音が得意なんですけども。
実は、帯域が決められてしまうんですね。これはBA型ドライバーの原理上、仕方がないことです。
そのため、いわゆる『マルチBA』という、数を追加することで広い周波数帯を補う技術があります。
一般的なIEMにも、最近は多くのBA型ドライバーが搭載されていますよね。
ソニーさんの製品でも、『IER-M9』などは5つのBA型ドライバーが搭載されています。
しかし、今回は100kHzという、非常に高い帯域まで音を自然に鳴らす必要がある場合、
BA型ドライバーを1、2、3、4、5……と、どんどん増えていっちゃうんです。帯域が決まっているから。
なるほど……!!
加えて、高い領域になってくると、限界も出てくるので。
ダイナミック型ドライバーというのはその半面、基本的には帯域限界がそんなに無いんです。
確かに……。
ソニーさんで100kHzを再現している製品って、全部ダイナミック型ドライバーを採用したヘッドホンですもんね。
その流れでいえば、必然だと。
おっしゃる通りです。
ただ、インイヤーヘッドホンだとどうしても音が音導管やイヤーピースの内部を通る必要があり、高音域の減衰があります。
イヤホンはそもそも高い音が難しいということでもあり、それは技術的な課題でもありました。
今回搭載されている5mm径のダイナミック型ドライバー、実はこの『5mm』という数字にも意味があります。
そもそも小さくすることで高音域再生に有利だというポイントもありますし、何より、音導管に同軸に配置することが可能となっています。
ステムの中に、そのままドライバーユニットが入っちゃってるような感じですか!
……ということは、ある意味ヘッドホンに近いような感じなんですね。
再生する振動板が、耳の真ん前に配置されている。
そうですね。そのため、減衰せずにスムーズに耳に届くわけです。
また、この5mmのダイナミック型ドライバーは100kHzにおよぶ超高音域を再生していますが、可聴領域においてもしっかりと活躍しています。
帯域が他のドライバーとうまく重なっているんですね。
我々は、複数のドライバーユニットを搭載するインイヤーヘッドホンにおいて「帯域を完全に分割する」という考え方は取っておりません。
あえて重ねることで、その可能性の幅を広げるといったことをやっています。
結構それが、難しいことなんですけど(笑)。
いや、本当に凄いことだと思います。
試聴した時、とにかく音のつながりが良くて、違和感がまるで無かったんです。
あとあとドライバー構成を知ってビックリしたくらいでした(笑)。
いわば、3つのドライバーを使って、1つのスピーカーユニットを作るような感覚でしょうか。
そうですね。
音がバラバラになるというのは論外なので、しっかり一体感のある音を綺麗に出すために、3つ使っているわけです。
構成するパーツ群
各パーツはこのようになっています。
(商品ページでCGになってる構図を、まさか実物で見られるとは……)
こちらのマグネシウムインナーハウジングに、それぞれのドライバーが固定されています。
これがまた大変で、わずかに形状が違えば、音も全く変わってくるわけです。
形状は異なりますが、『IER-M9』でも同じ技術が使われていましたね。
おっしゃる通りです。
まずは我々のノウハウから大まかな形状を模索し、さらにシミュレーション技術を使用して、細かな形状を試作していくような流れで開発が進められました。
スーパートゥイーターとなる5mm径のダイナミック型ドライバーは、先程申し上げたように音導管に同軸になるよう格納されています。
続いて、BA型ドライバー。
同じくトゥイーターではありますが、より人間の可聴領域の高音をメインに再生するものです。
2016年に発売した『XBA-N3』の際に、大きくBA型ドライバーの世代交代があり、それをベースに作ったドライバーとなります。
直接的な流用ではなく、ベースとして専用に開発し直されているわけですね。
ケースの形状などは同じものを使用していますが……。
例えば端子部が金色に光っている部分。これは金メッキ端子なんですけど、従来この端子に金メッキは採用していませんでした。
内部のボイスコイルにも銀コートを施しております。こちらも従来だと普通の銅線でした。
さらに、振動板にはマグネシウムを使用しています。こうやって見ていくと、マグネシウムだらけなんですけど(笑)。
マグネシウムのBA型ドライバーといったら、『IER-M9』のスーパートゥイーターにも使われていましたね。
まさに、全く同じものです。
実はこの『IER-Z1R』のために開発したものが、『IER-M9』にも導入されたという経緯があるんです。
そうだったんですか……!
非常にコストがかかる構成ではありますが、やる価値があるということで。こちらを採用致しました。
わざわざそのようにされるということは、例えばこの金メッキの有無とかでも、音が……。
変わります。
即答……。
やはり、その辺りも一通り試されたということですよね。
もちろんです(笑)。
そして3つ目、低音域から中高音域までを鳴らす、12mmのダイナミック型ドライバー。
こちらは振動板のドーム部(中心)とエッジ部(周辺)に別々の素材を使用しています。
ドーム部にはマグネシウム合金、エッジ部にはアルミニウムコートLCPをそれぞれ使っています。
素材を使い分けている理由としては、エッジ部というのは振動する時に伸縮するように動く部分なので、基本的に柔らかくないといけません。
逆にど真ん中のドーム部というのは、動くのだけど、オフセットのような動き方をします。
歪まずに動く必要があるということですね。
そこが変形してしまうと、分割振動といって、主に高音域の再生に影響が出てしまいます。
そのため真ん中だけを硬くして、そのまま動いてくれることが重要なわけです。
ただ、ただ硬いだけでは駄目で、軽くないといけません。
なるほど。
素材自体が重くてモタついたり、動かなくなってしまったら意味がないですもんね。
そういうことです。
そこで、ドーム部にのみマグネシウム合金を採用しました。
これは実用金属の中でも非常に硬くて軽い。
これを非常に薄膜に成形して、ペタッとくっつけています。
コーティングをしている……ということでしょうか。
いえ、アルミコートLCPの真ん中をくり抜いて、マグネシウムを貼り合わせているんです。
え……?
上から重ねているわけではなく、縁で貼り合わせているんですか? このサイズで?
コーティングするというのは、業界でも割とよく見かけることなんですけど。
そのままで使うとなると、なかなか見ないかと思います。
な、なるほど……。
本当ですよ?
え。
信用してますか?
え、いや。
信用してますよ、本当に。
うーん、仕方ないな。では、振動板を壊します。
いや、ちょっと、何も言ってな……!
ベキベキベキ……
容赦なくメスを入れた……。
するっ
あっ、凄い……!!
こんなに綺麗に剥がれるんですね。
鳴らしても鳴らしても剥がれないように作られているのに。
ただ、裏表にコーティングしてるんじゃないかと思われるかもしれないので、断面まで見ないと駄目ですね。
いや、言ってない。何も言ってないですって。
ギチギチギチ……
ぶった切られた……。
もうここまでくると薄すぎてわかりませんが、確かに、間に別の色が挟まっていたりするようには見えません。
なんだか、『MDR-Z1R』の時にも同じような話を聞いた気がします。
ドーム部とエッジ部を別の素材で作って、それを全く隙間なく貼り付けられるように成形するというのが、そもそも大変ですよね。
おっしゃる通りです。
しかもそれを接着するにあたっても、わずかにもズレが許されず、変に接着剤みたいなものが多すぎたりしてもいけない。
こんなアプローチ、イヤホンで導入した前例というのはあったんですか……?
少なくともソニーでは初めてだと思いますね。
僕も聞いたことがありません……。
やろうとすることが、そもそも考えられないと思います。
これは国内のソニーの自社工場で製造されています。
それだけ高精度な組み込みが必要になってくるパーツでした。
正直、このドライバーユニットだけでそこそこの物が買えてしまうくらい、高いです(笑)。
まさしく、企業力の賜物ですね……。
まあ、このSignature Seriesに関しては、コストを考えずにやろうというコンセプトがありますので。
(なんか、最近のソニーさんの製品、全部コスト度外視な気がするな)
とにかく、このような3つのドライバーを支えているのが、先程もご紹介したマグネシウムインナーハウジング。
こちらは内部形状にも非常にこだわっており、我々は『リファインドフェイズ・ストラクチャー』と呼んでいます。
5mmのダイナミック型ドライバーが真ん中に入って、BA型ドライバーが外側に来る……。
BA型ドライバーに関しては、インナーハウジングに組み込まれているというよりは、外側に貼り付いているような形なんですね。
そうですね。
この状態では接着しているだけですが、筐体に組み込まれた時に固定されます。
そうか……そうか!
じゃあ、この筐体の下側の突起の部分、ここにちょうどBA型ドライバーが収まるようになっているんですね!?
めちゃくちゃ上手い構成ですねこれ……!!
ありがとうございます(笑)。
僕、『IER-M9』もそうなんですけど、この突起の形状が好きで。
耳のくぼみ(珠間切痕)にピタリとハマるじゃないですか。
その装着感を設計するだけでも凄いのに、そこにジャストでBAを入れ込むという。見事なデザインですね、これ……。
そして、インナーハウジングの後ろ側には、12mmのダイナミック型ドライバーを入れ込むと。
そうです。
それぞれのドライバーが取り付けられた時に、出てくる音が通る道がそれぞれあるんですね。
12mmのダイナミック型ドライバーだと、ちょっとわかりにくいんですが、側面の穴から通って出てきています。
……あ、この、これ。
本当だ……。5mmのダイナミック型ドライバーが収まった時、ちょうどここで音が合流するように出来ている……。
合流するまでの経路も緻密に計算されています。
ちょっとしたコンマ数mmの違いで、位相などが大きく変わってきますから。
最適な位相状態で3つのドライバーの音を合流させて、さらにその音を出口まで届ける経路も計算しなければならない。
それがいわゆる『音のつながり』ですね。凄まじい……。
形状をノウハウで絞り、コンピュータでシミュレーションして、最後は人で聴く。
これを何通りも試していくうちに、「ピタッ」と来たものがありました。
「これだ!」というものがあったと。
その形状が、こうして最終のものとして採用されました。
これは確かに、ユニバーサルイヤホンでしか作り得ないアプローチですね……。
続いて、こちらの基板が付いたパーツ。『サウンドスペースコントロール』という機構です。
これは12mmのダイナミック型ドライバーの背面に装着されます。
『サウンドスペースコントロール』……というと、『XBA-N3』などで使われていた技術でしょうか。
おっしゃる通りです!
このパーツ自体は樹脂なんですが、重要なのはこの形状です。
12mmのダイナミック型ドライバーの後ろに拡張音響空間という形で取り付けて、さらに……ちょっとわかりにくいんですが、チューブが出てるんですね。
チューブ、チューブ……あ、これか!
このチューブの内径や長さによって、空気の状態が変わるんです。
……ふむふむ……?
ちょっと、ピンと来ないかもしれませんが(笑)。
音の調整というのは、いわば空気のコントロールなんです。
ドライバーユニットの振動板が動く時、ユニットの中にも空気があります。
そこにこの『サウンドスペースコントロール』のパーツを取り付けることで第二の空気の空間が追加されます。
さらにチューブが通されているので、これでチューブの中の空気の空間も使えます。
この3つの空気の状態というのは、違うんです。その形状を変えてあげることで、どういった空気の状態を作り出すのかを決めることが出来ます。
空気の状態が違うと、振動板に対する負荷が変わってきて、振動板の動き方が変わってきます。
いわば、空気が振動板に指示を与えているような感じですね。
それをこのサイズの中で作っていると……。
逆にサウンドスペースコントロールで必要な空間が決められた中で、この製品サイズに落とし込むのが大変でした。
そうして『XBA-N3』で使われた技術が、再び生まれ変わって登場したわけですか。
ソニーイヤホンの歴史が詰まっているということが、改めて実感出来ますね……。
付属ケーブルでも、最初から最高のものを
では、続いてケーブルのお話を。
今回、ケーブルは2本付属しております。
1つは3.5mmのステレオミニプラグ。
もう1つは4.4mmのバランス標準プラグですね。
プラグ以外は基本的に同一の構成となっておりますので、接続先に応じて使い分けて頂ければと思います。
ケーブル自体も非常に工夫して作っております。
今回は、「付属品でも、最初から最高のものを」というコンセプトで考えていました。
確かに。
今までは、アップグレードケーブルが別売で出ていましたもんね。
それをもう、最初から付属させるくらいの勢いで開発したと。
おっしゃる通りです。
やはり、買ってすぐに最高の音を聴けないと意味がありませんから。
非常にこだわった部分として、まずツイストペア構造が挙げられます。
ツイストペアを採用したのは、付属ケーブルとしては初めてのこととなります。
撚り線を更に撚っているような構造で、発生するノイズを伝播しにくくするような構造ですね。
更に、内部で使っているのは銀コートOFC線。これは従来のハイエンドヘッドホンには、基本的に採用しております。
そして、プラグもこだわっています。
これは外から見てもわからないんですが、金メッキの下地のメッキを非磁性のメッキにしております。
普通は強磁性のニッケルメッキなどがよく使用されるのですが、コストをかけて変更しています。
非磁性の良いところ……そもそも、「磁性がある」というだけであまり良いイメージは無いと思います。
電流が通る部分なので、磁性があると、それを乱すような働きをしてしまいます。
それを非磁性にすることで、電流がスルッと通るような。よりピュアな音を鳴らしてくれるようになります。
さらに、このケーブル自体がキラキラしているように見えますよね。
白かったりグレーだったりしている部分、こちらがシルク編組となります。
シルク。いわゆる、絹ですよね。服などにも使われているような。
こちらを挟むことによって、タッチノイズを軽減する効果があります。
外観的に高価な印象が生まれるというのもありますね。
シルク編組を組み込むという構成は『IER-M9』のケーブルにも搭載されていたかと思いますが、
そちらとはケーブルの色が異なるように見えます。
まず、被膜の色が異なっています。
加えてこちらはツイストペア構造を採用しているので、物理的にケーブルが太くなっています。
なるほど。
純粋にシルクの表面積が大きくなっているのも、印象の違いとしては大きいということですね。
この透明な皮膜というのも、どうしても色が濁ってしまったり、変化しやすかったりするので、実は結構使いにくい材料なんです。
黒などの色を付けてしまえば、変な話、ごまかすことも出来るんですけど。
今回はやはり透明度を上げて、中のシルクを見せることで、本体のキラキラしたデザインとの統一を図りたかったので。
そういったところで、透明度はもちろん、硬さ、肌触りという部分でも、材料選びから苦労したところではありました。
印象的なイヤホンケース&外箱
では、続いてイヤホンケースを見ていきましょう。
これはもう、『IER-M7/M9』の開発者インタビューの際にも詳しくお話を伺ったんですが、本当に素晴らしい。
今回は、さらにケースの外装が変わっていますよね。
前回はメッシュ素材のややスポーティなイメージでしたが、今回は合皮張りのデザインとなっています。
大きさなどもモデルに合わせておりますので、やや厚みが増しておりますね。
レザー調になっていると、やはり「ソニーのフラッグシップだな」という感じがします。
ありがとうございます(笑)。
そして、外箱についてお伺いしたいと思います。
『IER-M7/M9』の外箱は機能性に富んでおり、パカッと開けたらすぐに全ての要素にアクセス出来るという、業務用として洗練された作りでした。
今回は逆に、ユニークな形状というか、サイズ的にも大きいですし。
イヤホンの箱とは思えない、むしろポータブルスピーカーとか、ヘッドホンが入っていそうな印象さえ受けます。
お弁当箱ですね(笑)。
これはもう、開けていく楽しさですよね。
演出としての構造。
外箱に関してはもう、見ての通りという構造になっています。
まず上蓋を開けると、本体が入ったケースが収納されています。
1段目には3.5mmプラグのケーブル、2段目には4.4mmプラグのケーブルが入っています。
これはお好みで選んで付けて頂く形となります。
これも『IER-M7/M9』と同じで、最初からバランスで聴きたいという方に合わせた仕様ということですよね。
最近は4.4mmのバランス標準プラグもかなり普及しているので、嬉しい方も多いかと思います。
ぜひウォークマンなどに接続して、お楽しみ頂ければと思います。
そして最後に、イヤーピースの段がございます。
こちらも『IER-M7/M9』同様に、サイズが細かく刻まれていますね……!
加えて、パッと見て気になるのがやはり色。これは『IER-Z1R』専用に、わざわざ色を着けたということでしょうか。
トリプルコンフォートイヤーピースに関しては、専用色を作り、サイズも新たに追加しました。
音だけで言えば、元々の色でも全く問題なかったと思うんですけど。
そこはやはり総合的な満足感のために、イヤーピースにも着色したということですよね。芸が細かすぎる……。
ところで『ハイブリッドイヤーピース』に関しては、軸の色が無くなっているので、サイズの判別がしにくいようにも見えます。
こちらはどのように判別すればよろしいのでしょうか?
それについては、色付きの物と比べるとやや分かりづらくなってしまっておりますね。
このカサのところにある点を見てもらえると……。
え。
まさか……?
ここの点の数に法則性があり、判別が出来るようになっています。
実は、既存の透明なイヤーピース……スポーツモデルなどに付属しているものにも、同じ法則が使われています。
説明書にも書いてあるんですよ。
うわ、ホントだ!
ソニーマニアとしては抑えておかなきゃいけないところですね……。
ところで、ソニーさんのイヤホンは基本的に『開けたらすぐに聴ける状態になっている』というのが定石でしたが、
『IER-M7/M9』と今回の『IER-Z1R』に関しては違っていて、ケーブルが別個に収納されています。
『IER-M7/M9』は業務用というところで、然るべき用途でイヤホンを取り出して、ケーブルを取り出して、という必要性のためにそういう仕様になっているのだと思いますが、なぜリスニングモデルである『IER-Z1R』も初めからケーブルが付いていないのでしょうか?
理由としては、こういう製品を購入されるお客様であれば、「ケーブルが外れるもの」ということはわかっているだろうと。
なので、ビックリしないと思うんです。
なるほど!
低価格な製品であれば「あれ、壊れてる!?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、このグレードの製品ならその心配もないと。
本当に理解(ワカ)っているオーディオファイルの方々を対象としているということですね。
見た目を気にしているという点もありますね。
ケースを開けた時に、ケーブルが付いていないほうが本体が際立つので。
それこそ宝石さながらというように、演出しているところはあります。
確かに、パカッと開けた時にこの本体だけが鎮座していたら「おお……」となりますもんね。
シリアルNo.と一緒に飛び込んでくるという演出で、一気に所有欲が満たされそうな気がします(笑)。
終わりに
それでは最後に、この記事をご覧のユーザーに向けてメッセージをお願いします。
こういうフラッグシップの製品だと、やはり音に注目されがちなんですが、
今回は僕たち機構設計にとっても、外装にこだわりを持って作っております。
もちろん音も最高なんですが、外装ももちろん良い物を作ったので、ぜひ手にとって頂いて試聴していただいて。
音だけじゃなく、質感も楽しんで頂ければと思います。
トータルのプロダクトとして別次元の物が出来たと思っています。
『聴く』という行為から、『感じる』という行為にレベルアップするような、そんな製品にしたいという思いでやってきました。
ソニーのヘッドホンは、その場の音場を再現することにこだわって作っています。
どんな状況に自分がいるのかをシミュレーションするような。
例えばコンサートホールだったら、コンサートホールの一番良い席にいて、音楽を浴びるように聴いているような体験を、この小さな製品から楽しんで頂ければと思います。
ありがとうございました!
桑原さん、島村さん、ありがとうございました。
『IER-Z1R』は、3月23日発売予定。
e☆イヤホン各店ならびに、web本店にて受注を承っております。
また、3月14日より、e☆イヤホン全店にて試聴機の展示も始まっています。
お二人がおっしゃっていたように、ぜひ一度お手に取っていただいて、その珠玉のクオリティをご体感ください。
お相手はだいせんせいことクドウでした。それではまた次回。
【制作協力】
ソニーマーケティング株式会社
※記事中の商品価格・情報は掲載当時の物です。